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新戦略三ヵ年緊急プランへのコメント [教育情報化のための補論]

この国のIT政策は首相官邸のIT戦略本部で審議決定されていることはご存じだろうか。

IT戦略本部が設置された当初、e-Japan戦略と呼ばれていた頃、学校へのネットワーク整備等が筆頭に盛り込まれたので学校教育の領域での話題性も高かったのだが、最近はあまり大きな扱いがなかった。実は現在IT戦略の今後のあり方として、新戦略三ヵ年緊急プランの策定が進められており、これまで情報化が大きく遅れた分野として、教育が再び大きく取り上げられるに至った。

このどたばたの1~3月で仕事に没頭しているうちに検討が進み、でも、あまりに無茶な提言を読んで、何か言わないと気が済まないし、かといってパブコメで都合良くアイデアだけ抜かれるのも嫌なので、コメントをまとめてみた。気が向いたら読んでみてください。

元ネタはhttp://www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/kongo/digital/dai3/3gijisidai.html
にある。デジタル新時代に向けた新たな戦略~三ヵ年緊急プラン部分~(案)という文書です。

【提言内容に対する考察】

引用部分はすべて上記資料です。該当ページを参照のこと。

2015 年までに、世界最高水準の情報・知識活用能力を備えた国民一人ひとりが、自らのイニシアチブで世界の図書館や学校、病院、行政機関等とつながって、デジタル化された情報に必要なときにいつでもアクセスでき、その情報を駆使することで「あらゆる無駄を排除するデジタルエコ社会」、「すべての国民・地域社会・企業が元気になり、夢を実現できるデジタル成長社会」を国民主体で実現すべき。(p.1)

冒頭部分の意図書きから考えれば、「世界最高水準の情報・知識活用能力」は国民全体が対象であり、情報社会のリテラシーについて言及している。この方向性は非常に重要

ただし、提言冒頭と教育領域の記述解釈とは大きなズレがあることが問題。

デジタル活用能力を有する人材の活用・育成(p.11)

デジタル活用能力の定義が不明。この各論提案のフレームワークでは専らICTスキルとエンジニアリングに焦点化されているため、国民全体を対象として捉えきれない。(→後述:ポイント1)

ちなみに提案の意図するところのIT人材育成領域では、すでに経産省のITスキル標準等の有効なフレームワークが存在する。

企業等でアプリケーション活用、WEB 構築、コンテンツ制作等の経験があるなど中程度のデジタル活用能力を有する人材を、情報通信技術の活用が遅れている分野(学校教育、医療、地域産業分野等)へ情報通信技術の活用の指導者またはサポート人材として派遣することによる、実使用者の目線からのIT 化推進の実現。(p.11)

人材派遣は学校教育で前例があるが(緊急雇用対策におけるIT技術者派遣)、実際には派遣先の現場が持て余してしまい、有意な改善に結びつかなかった。課題認識や動機付けのエンジンがあれば、燃料(人手)を加えるだけで前進するが、学校教育領域はエンジン自体に問題があるから普及しない(→後述:ポイント2)。

デジタル活用能力の基礎教育が必要な人材に対し、インターネットカフェ等民間施設を活用するなど、e-learning 等によるデジタル活用技術の習得機会の提供や軽度な作業で実施可能なデジタル化支援業務の請負等を実施できる環境の整備・支援。(p.11)

「デジタル活用能力の基礎教育」が意図するスキルが不明(前述の通り)。学習機会をe-learningで増やす考えは悪くないが、そもそもIT人材不足は顕在化していないうえに、領域情報化の停滞原因でもない。安直なソリューション提供はデジタル土方を増やすだけである。

(2)デジタル活用人材の裾野を広げるためのデジタル教育の実施(p.11)

この一節にあげられたすべての項目は、現状の既定路線・政策方針を繰り返しているだけであり、課題解決に結びつくアイデアが皆無である。学校教育でのICT利活用の試行・実験はすでに15年以上行われてきた。問題はその成果が一向に普及しないことである。つまり、これまでの政策・取り組みが普及に有効に寄与しないのは歴史的にみて明白なのだから、従来のアプローチを踏襲するのは間違いである(→後述:ポイント3)。

学校や障害者施設等でのデジタル活用授業等を実施するため、デジタル活用授業等を実施できるリテラシーをもった教員やサポート人材の受け入れ等により活用を本当に推進できる環境を積極的に導入する学校等を優先し、無線LAN、PC 端末、地デジTV 等のインフラ基盤の整備をするとともに、(p.11)

冒頭部では国民全体のリテラシーに言及しているのに、デジタル教育がデジタル活用授業に矮小化されていることに注意したい。デジタル活用は、単に教える道具として用いるだけであって、リテラシー教育とは本質が違う(→後述:ポイント3)。

また、上記の意図するモデル校的導入は本質的に普及に貢献せず、自治体間格差をさらに拡大させることに留意すべきである。

デジタル教科書や電子教材、成績のオンライン一元管理等デジタル活用による新しい教育方法・基盤の開発、(p.11)

デジタル教科書・電子教材はすでにe-Japan以降多額の研究開発費が投下されている。新たな項目として追加する意義は認められない。

成績のオンライン一元管理は、(トップダウンが有効な韓国では可能だが)自治体主導の日本の公教育制度下では不可能であり、独占的なシステム提供が新たな非効率と硬直を産む危険性の方が高い(→後述:ポイント4)。

天才的なデジタル活用技術者を育成するためのカリキュラム開発等に取り組む。(p.11)

経産省がすでに同様のフレームワークを持っている。新たな項目として追加する意義は認められない。

また、デジタル情報・技術の活用だけでなく、ネット上の危険への対処能力を持ちつつ、ネット上で与え得る危害を認識して、自制する情報モラル教育の充実を図るとともに、(p.11)

情報モラル教育は次々教材が作られているものの、現場での指導が極めて困難である。教員としては、モラルとはいえ、児童生徒のプライベートや信条に踏み込むことに躊躇があり、さらに、教条的に道徳を説く方法では、かえってICT環境自体から子どもを遠ざけてしまう矛盾が生じる。情報モラル教育そのものの在り方を抜本的に問い直すべき(→後述:ポイント1)である。

教員のデジタル活用の技術力及び指導力の向上を図る(e-learning や研修の実施)。(p.11)

教員の指導力向上はe-Japan戦略における1目標にもなっていたが、年限までに十分な成果が上げられなかった。それ以降もやり方は本質的に変わっていないから、さらなる予算を投下しても実効性は極めて疑わしい。そもそも教員指導力の動機付けに関わるような本質的課題に取り組むべきである(→後述:ポイント2) 

2.成果
(1) 国民にとって
[1]デジタル活用能力のレベルに応じた職種への転換、就労機会の獲得。
[2]デジタル活用能力の習得機会の提供によるデジタル活用人材の裾野の拡大。(p.12)

p.1の情報・知識活用能力は幅広はリテラシーのことを行っているのに、こちらではIT人材育成の話になっている。経産省の人材育成の枠組みとどこが違うのか差異が明確でない。

(2) 学校現場にとって
[1]現場の事情に即し、安価かつすぐ着手可能な情報通信技術の活用推進。
[2]教員のデジタル活用の技術力及び指導力の向上及び生徒のデジタル活用能力向上。
[3]学校授業において積極的に情報通信技術が活用され、インターネットの情報等による、教科書における学習内容に幅と奥行きを持たせたインタラクティブな授業の実現。(p.12)

dog yearといわれるこのご時世で、e-Japan戦略当時から何一つ変わっていない記述。これだけでも、教育領域が遅れていることを証明しているようなもの。[1~3]で明らかなように、学校の授業に偏重し過ぎているがために、外にある新しいパラダイムや魅力的な課題を取り損ねている現状がある。授業以前の前提を壊さないと、情報化は進まない。


【提言に対する指摘ポイント】

ポイント1
情報社会のリテラシーを定義し、そのデバイド解消を目標として明確に位置づけるべき

リテラシーは、社会生活に必要不可欠な知識スキルを意味する言葉であるから、情報社会に当てはめれば、狭義のICT操作スキルのみならず、メディアリテラシー、コミュニケーションスキル、情報倫理を含む総合的かつ実践的な概念となる。

対象は国民全体に及ぶこと、単なる座学知識ではなく、日常的に活用される知恵となることを前提と考え、年齢的デバイドを解消することも考慮し、生涯学習的視点から幅広い学習機会を設けること、実践知を得る多様な学習方法の検討を中長期課題として取り組むべきである。

特に、学校教育領域では、(携帯電話の不所持問題のように)現実社会と学校対応との乖離が起こっていることから、より大胆に教科枠組みを組み替えても、情報社会に向けたリテラシー育成を急ぐ必要がある。

ポイント2
情報化の潜在的・破壊的インパクトを活かし、学校教育領域の本質的課題と対峙すべき

学校教育の情報化が普及しないのは、単に従来の枠組みを効率化する道具として、現場教員の課題として扱ってきたからである。もともと効率化自体は学校教育の価値観とは相容れない(手間暇かけても良い教育という考えが強い)うえに、学校教育の現場では、管理職以上の理解が不足し、教科教育や業務全般を含め、深刻なデバイデッド・デジタル(情報領域の隔離・拒絶)が生じている。

情報化それ自体のインパクトとは、機材やインフラよりも、むしろ、課題に対する認識や戦略自体に画期的影響を与えることに意義があるのだから、現場レベルよりはむしろ政策・施策・アドミニストレーションのレベルを対象に、学校教育が現状抱える本質的課題(学校経営と学校評価、教育の質の向上、地域運営学校など)に切り込む有効な機会と考えるべきである。

ポイント3
失敗し続けてきた既定路線の政策を抜本的に見直さなければ普及は見込めない

教育情報化は先進各国の共通課題であったにも関わらず、かれこれ15年以上の時間を費やし、結果として他国より決定的な遅れを取ったことは失策以外の何物でもない。最初から効果ありきの実証実験モデル校アプローチ、機材・インフラ整備への偏重、現場教員や授業実践への極端な傾斜、デバイデッド・デジタルなど、既定路線の政策には問題が多い。出来の悪いエンジンに燃料を注ぎ続けても前進は望めない。

先に述べたように、情報化の適用範囲は当初のフレームワークよりも著しく拡大していることを認識し、新しい検討の枠組みをもって、教育情報化のコンセプト自体を早急に見直すべきである。

ポイント4
校務情報化は危急的課題だが、データの一元管理は非現実的である

校務全般の情報化は、学校経営や教育の質の向上にも大きな効果をもたらすことが期待されるが、データの一元管理は、かつて住基ネット問題で生じた個人情報と国家がセンシティブな情報を管理する課題に直結し、独占的なシステム開発形態は硬直化と非効率を産みやすい。

むしろ、日本の公教育では、自治体の規模や形態にあわせて多様なソリューションが選択できることが望ましいのであり、米国・欧州のように相互運用性を確保するフレームワークを設定しマルチベンダーによるSaaS・ASPによるソリューション提供と競争状況を作るべきである。


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コメント 1

安達順一

URLは勤務校のもの
読ませていただいてすっきりした気分になりました。
情報モラルの話、授業実践への極端な傾斜の話、
決して効果がなかったといわない実証実験の話など
私もこれが言いたかったのに言葉が見つからなかった
ということがたくさんありました。
時間がないので取り急ぎお礼まで。
by 安達順一 (2009-04-27 20:01) 

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